おばあちゃんのひとりごと

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「ここに生き神さまがおられる。これだけ我慢でき・・・情熱を注ぎ得る人は神さまだ」

 おはようございます。 いつもありがとうございます。
  昨日は、春の雨が一日降りました.
 街路樹の根元には、タンポポの花ががいっぱいでね。 雨の中では花はつぼん
でいるのですね。草が雨が嬉しいと喜んでいました。
 さくらは雨のなかでも美しく、儚げで それもまたほのかに美しい。
 さくらののニュースでは、川に一面に花弁が花筏となり、風情がありました。
 吹き荒れた各地もあったようですが、ここいらは春の雨がやんだり、降ったりで
春の雨の一日でした。
 
        花  はな
     タンポポをみていると
     冬は根を張って 頑張って
     春になり 喜び
     嬉しいと咲きだした
     頑張っただけ 花は美しく輝くように咲く
     人生も どんな努力も いつか 
     輝いて 花咲くことでしょう

   「百遍倒れたたら百遍立ちあがれ。万策尽きたと思うな。
    策は必ずある」                松下幸之助   

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 小さな人生論                 藤尾秀昭 著より

 「我流」 を行く

 無名の彫刻家ロダンは孤独の中で黙々と修業を積み、密かな成熟を遂
げた。 そして1864年、24歳の時、一つの作品を発表する。 「鼻のつ
ぶれた男」 である。 だが、ロダンの成熟は当時のサロンには理解され
なかった。 作品は落選した。 ロダンは再び沈黙する。 この沈黙はそれ
からロダンが若者の像 「青春時代」 を発表して世間の注目を集めるま
で、実に13年間も続くのである。

 20歳を過ぎたばかりで神経衰弱を病む、これもまた無名だったドイツの
詩人リルケが、パリの郊外にロダンを訪れたのは、ロダンがその地位を、
確立していた1902年だった。 リルケは約2年間を秘書としてロダンのも
とで暮らす。
 リルケは驚嘆した。 ロダンの生活ぶりに、である。 世間の評判など
どこ吹く風、ひたすら大理石を刻み、思索にふけり、またノミを振るう。 
黙々とその研鑽を繰り返す。
 その姿に感動して、リルケは言った。

 「ここに生き神さまがおられる。 これだけ我慢でき、これだけ自分の仕事
に情熱を注ぎ得る人は神さまだ」

 ロダンの生活と人格に若い詩人の魂が感心し、リルケもまた詩人として
大成していくのである。
 後年、リルケはこういう言葉を残している。

     「私の課題は私自身を成熟させることだ」

 若年期のロダンの生活からこの言葉が生まれたことは想像に難くない。

 「我流」とは、単なるわがままのことではない。 単なる気まま、自分勝手
のことではない、。 リルケの言う 「自分自身を成熟させる」 ことである。

 大いなる理想に向け自分自身を成熟させていく、そのプロセスの果てに
自然にうまれてくる。あるいは形成される。 その人なりの流儀___それ
こそが 「我流」 なのである。

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 なんだって、目標というか、夢というか、努力はするがいいものです。
  
  短歌

    雨の中桜は美し綺麗だわ遠くから眺めひとり見とれて

    散らかりし部屋見回してあーあと言う誰がこんなに我しかいないか

    傘を差し颯爽といく水たまりわざと入ってビシャビシャと

  俳句

    桜咲き雨は似合わぬと思う我

    今夜吹く風で桜よ散るなよな

    亡夫よ孫は褒めてくれます春の夜

  川柳

   土筆買い食べてふるさと思う夜

   選挙か声張り上げて春最中

   政治家もこの時だけは低姿勢

   
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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