おばあちゃんのひとりごと

Entries

「子どもを花のように愛する日本」  そのニ

  教育において第一になすべきことは、道徳心を教えること
  ではなく人生が楽しいということを体に覚え込ませてやる
  ことなのである。                       永井 均
                  (昨日の朝日新聞に掲載されていた言葉)       

 昨日の朝、モーニングコーヒーに行きましたらね。 お友達のお母さんと
お隣に相席となりましたが、その方ははじめ私をご存じないようでしたが
それとなく世間話をしていたらね。 「あーあ 分かった」 という感じで話
が弾みました。 ひとりの私はこうしてお話しができると、脳に刺激となり
いいと思うのです。 ありがたい貴重なひととき。 お孫さんのことやら、娘
さんのことなどを、楽しそうに話されて、お互いにとっていい時間になった
かなぁと思う……。 勝手に思う私です。 幸せ。

     なにかな 気ずけたら

       子どもにとっても
       それこそ 老人だって
       人間ならば 誰だって
       一番 大切なことってね

       毎日の喜びを知り
       当然と思える毎日にある
       その何かに気ずけたら
       いいだろうね
       
ーーーーーーーー前回の続きよりーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  到知            2009・3

 「子どもを花のように愛する日本」 ポーランド孤児救出の偉業    
                                       占部賢志

 「我々は恩を忘れない」
 やがて健康を取り戻した孤児たちは、祖国ポーランドに送り届けられることにな
りました。
 第一陣の50名ほどの孤児が横浜港から発つときのことです。 孤児たちは見
送りの人々にしがみついて離れたくないと泣き叫んだといいます。 世話をしてく
れた日本人は幼子たちにとって父や母のような存在になっていたからです。
 
 見送る多くの日本人は子どもたちに向かって、「君たちは元気で勉強に励み、
大きくなったら偉大な祖国再建のために役立つような人になるんだよ」 と切々
と励ましています。

 これに対して、埠頭に並んだ孤児たちは感謝をこめて国歌 「君が代」 を歌い
出したそうです。 滞在中覚えたのでしょう。 幼い彼らが涙して歌う 「君が代」
の調べが埠頭に流れました。
 大正11年、孤児たちの帰国を受け、ヤクブケビッチ副会長が感謝の手紙を送
ってきました。

 「わが不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を
表わしてくれた以上、我々ポーランド人胆に銘じてその恩を忘れることはない。
……ポーランド国民もまた高尚な国民であるが故に、我々はいつまでも恩を忘
れない国民であることを日本人に告げたい。……
 ここに、ポーランド国民は日本に対し最も深い尊敬、最も深い感恩、最も温か
き友情、愛情をもっていることをお伝えしたい」

 一方、無事帰国した孤児たちは、たくましく成長しました。彼らの中には医者
教師、福祉事業家、法律家、技術職人など、公のために尽くす職業を志した者
ガ多かったと伝えられています。
 その一人、イエジ・ストシャフスキは、後に孤児院の院長に就任して、社会
福祉の改善に尽くすとともに日本との友好を深める「極東青年会」 を結成し、
会長として活躍しています。
ーーー省略ーーーー
 
{日本の被災時に恩を返す}
 ところうで、ポランドと、我が国との関係はこれで終わったわけではありません。
実は平成7年1月に阪神大震災が発生した時、ポーランドはいち早く救援活動に
入りました。
 しかも同年8月には、痛手を負った日本の被災孤児たちを1カ月近く招待しワル
シャワやその他各地に歓迎し、心からの激励をしてくれたのです。
 被災時の中には肉親を亡くした児童もいまいたが、慈愛に満ちた接待を受けて
います。 そして被災児とのお別れのパーティが開かれた時、かってのポーランド
孤児の方々が地方から駆けつけてこられたのです。
 すでに80歳を越えるこの方々は、日本の被災児にバラの花を一輪ずつ手渡し
心から激励してくれたそうです。

 その様子については、当時ポーランド大使を務め、この場面には立ち会われた
兵藤長雄氏の著書 「善意の架け橋」 に詳しく紹介されています。

ーーーー省略ーーーー

 かってヤクブケィッチが手紙の中に 「いつまでも恩を忘れない」 と記した通り
765名の孤児の命を助けた大正日本人の尊い行為に対して、平成日本の被災
児に恩を返すことで、ポーランドは約束を果したのです。

 平成14年7月天皇・皇后両陛下がヨーロッパをご訪問になりました。
 ポーランド国民の歓迎の中、両陛下にどうしてもお愛したいと三人のお年寄り
が申し出ました。 実は大正時代に日本が救った孤児の方でした。
 両陛下はワルシャワでこの三人と対面されています。 この時、

 アントニー・リロさんという86歳のお年寄りは、皇后陛下の手を握ったまま話そ
うとはしませんでした。 なぜでしょうか。
 実は80年前、日本で治療を受けていた自分を訪ねてきて、元気になるように
抱いて励ました方がいたのです。 その方こそ大正天皇の皇后であられた貞明
皇后でした。

 人生の晩年に到ってようやく、日本の皇室に感謝を伝える機会を得られた喜び
を満面に浮かべたリロさんの表情は、テレビにも映し出されていました。

ーー省略ーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  短歌

     駄作だなそう思いつつ「あーあだなぁ」ため息ついてまたも明け暮れ

  俳句

     我が仕事無駄ばかりだな夏ガ来た

  川柳

     どうしようもないことばかりあるわたしだわ
スポンサーサイト

左サイドMenu

プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

ランキング

ブログ村のランキングに参加しています。応援してくれたら元気が出ます!
にほんブログ村 ポエムブログ 自作詩・自作ポエムへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

flag counter

Flag Counter

最新記事

最新トラックバック

音楽