おばあちゃんのひとりごと

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何度でも、読みたい。 芥川龍之介の 「蜘蛛の糸」 

   愛の悲劇というものはない。
   愛がないことのなかにのみ悲劇がある。
                       テスカ

 愛って、本当に日々の生活の中で、とても大事なことだなぁと思うの
です。 娘だったころ、愛ということも知らずに, 何でも全てが当然に思い
すべてに考えることもなくいたなぁ・・・・・・・。 亡き両親の、深い愛に守
られていたんだ・・・・甘えた娘だったなぁと、今頃気がついているのです。
でも、老いた今でも、気がつけただけ、まあ、いいかぁ。 アッハ アッハ。 

 嫁いでからというもの、娘だった生活の中では感じることのないことで、
寂しくて、泣いたものです。 もう 遠い遠い過去になりましたが、それは、
私にとっては、自分の我儘や自分勝手に、気ずかされ・・・・。
 世間知らずの私には、この世の中の大事な、そして、必要な経験だった
のです。
 きっと、亡き舅姑は教え込むのに、苦労したでしょうし、わが亡き両親は
不安だっただろうなぁと思うのです。 どこにも愛はあるのです。 受け取る
側にも、大きな愛がないとね。 愛する側も、愛される側にもね。
 愛ある人であること・・・・・。 なのでしょうね。
 
 老いてしみじみ、いま、そのころの親たちの年齢になり、身にしみます。 
微笑むのです。 過ぎてしまいました。 
 もう少し賢こい人間だっったらなぁ、そうでありたかったなぁ?
 それが、実感であり、愚かな自分に気ずかされます。
 
 やはり 「善因善果、悪因悪果」 ・・・。 うっふふ ふふ

 今は考える時間があり、考えられていいものです。 だから、今はどんな
ことにも、幸せがあることに気ずき・・・ アッハ アッハと笑っています。
 それがいい。 心にも体にもね。 
 わけのわからない今日の話になりました。 うっふふ・・・・。
 
 でも、この森信三氏の箴言。 私には、「そうなのだ」 と、わかるのです。

   苦しみや悲しみの多い人が、自分は神に愛されていると
   分かった時、すでに本格的に人生の軌道に乗ったものと
   いってよい。
                               森 信三

      道 {自分が決めていく道}

     いろんな道がある
     いっぱい いっぱい ある
     だけど 自分が選び
     道を探し その道を ただ 歩く
     自分の道だもの

     前に広がる道、道、道 ある ある
     夢や希望は果てしないもの
     夢は叶えられる ただ
     努力 努力
     継続 継続だぁ

     自分の道を ただ ひたすらに 
     困苦なんて当然と 楽しんでいくがいい
     いつだって なんだって楽しんで 
     青春の心を 持ち続ける
     喜び 楽しみ 溌剌といくがいい

     だって 自分で決めた
     自分の大切な道だもの
     ね。
     慌てず ゆっくり ね。     
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「座右の銘」           「座右の銘」研究会

 蜘蛛の糸
 小説家芥川龍之介の童話の題名。 この作品のテーマは、人間の
救済である。どのような悪人にも一片の慈悲心はある。 それが救済
のきっかけになり得る。
 が、救われるのを妨げるのは人間のもっている利己心であると芥川
は語っているようである。

 「ある日のことでございます。 お釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独
りぶらぶら御歩きになっていらしゃいました……。」

 という書き出しで始まる。
 お釈迦様が池のふちにたたずんで、水の面をおおっている蓮の葉の
間から下をながめると、地獄の底にうごめく大泥棒、カンダタの姿があ
った。 生きている時には、殺人、放火、など数々の悪事をはたらうた
男であった。 が、 この極悪非道の罪人も、生前、たったひとつだけ
善事をしたことがあった。 山の中で一匹の蜘蛛を踏み殺そうとして、
小さな生き物にも生命があるのだと、はっと気ずき、憐みの心から助け
たのである。
 
お釈迦様は、ふとそのことを思い出して、ガンダタを救うために、極楽
の蜘蛛の糸おろしてやる。 銀の糸は、地獄の血の池のなかで苦しん
でいる男の頭の上に垂れていった。
 が、ガンダタは、蘇生の喜びの声をあげ、蜘蛛の糸をつかんで登りは
じめる。
 が、ガンダタがふと下をみると、自分の下のほうにも無数の罪人が、
銀の糸にしがみつきながら登ってくるではないか。これでは糸が切れて
しまうと思って、

「こら罪人ども、この蜘蛛の糸はオレのものだが、お前たちはいったい誰
に尋いて登ってきた。 おりろ。 おりろ。」 
 とわめき叫んだ。 と、とたんにガンダタがぶらさがっているところから、
ぷっつりと蜘蛛の糸はきれ、あっという間にガンダタはこまのようにくるく
るまわりながら、闇のそこに落ちてしまう。

 一部始終をじっとしてみていたお釈迦様は、悲しそうな顔をして、また、
ぶらぶらとあるきはじめる。

 「しかし、極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着いたしません。
 その玉のような白い花は、お釈迦さまの御足のまはりに、ゆらゆらと、
萼を動かして、そのまん中にある金色の蕊からは、何ともいえない好い
匂いが、絶え間なくあたりへ溢れております。 極楽ももう午に近くなっ
たのでございます。」

 と物語は終わっている。
 
 これもまた、「愛」 のひとつの形を語っているのではあるまいか。 人
間のエゴイズムのあさましさに、お釈迦様は、悲しい顔をしてさっていく
のだが、どう解釈したらいいのだろうか。 ガンダタが、もし、下に続いて
くる罪人たちをひきつれて登ってきたとしたら、お釈迦様はどうしただろ
うか。

 人間を救うのは結局は自分しかない。
 超自然的な、他に頼ってはならないという教訓か。

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 心に残るは・・・・。 さあて? 愛がこのなかに 有るのですが、受け取る間・・・・。
 どう感じるのでしょう。 読む年齢によっては、変わっていくもの。 でしょうね。
 
  短歌

     朝だから好きなスターのドラマ見てここちよくして新緑をゆく
     青春のときめき思い浮かべ詩を続まむ藤村の「まだあげそめし・・」

  俳句

     楽しんで新緑を歩く雨の中
     野良猫を追いかける子に夏日差し

  川柳

     ふと浮かぶ書き留めずしてふと消える
     隠したき心の中も透けて見え
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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