おばあちゃんのひとりごと

Entries

「自分に負けんなよ」「あなたがいてくれる」 しのぶ{鬼画作家}  ②

  人間五十五億の中で、一生に何人の人と出会えるか考えて
  みても、他人とともに居ることは、これまた感謝の対象になろ
  う。 千年さかのぼってみると、あなたの両親、各々の両親と
  たどっていくと、五兆人を超えるという。 いまここに生きるこ
  とじたい奇蹟ではないか。 有り難いことだ。
                                中村天風

 私が小さい頃は、田舎では、入歯をしてるのを見たことがなかったのです。
 老人が笑うとね、歯がニョッキリと数本ある・・・・・。 だったのです。
 でも、亡き母の亡き兄はしていたのです。 今じゃあたりまえですが・・・・・。

 母の実家のおじ様は、心優しくて温かい。 お正月やお盆に行くと、塗りの下
駄をくださるのです。 お花の絵のついた塗下駄を、妹とおろして履くまで、枕元
に置き毎晩、その下駄を揺すって二人で見るのです。 花が揺れると大喜びして
それを見てから寝たものです。 なんか、今 思い出すと笑えますが・・・・・・・。 
 母は小さい私と妹だけ連れて、ときどき自転車の、前と後ろに乗せてくれて,
実家にいったものです。
それが、嬉しくて・・・・・。
 大きな家で、門長屋を入ると、大きなおおきな銀杏の樹。(でも子どもの視線)

 なぜか、おじ様のことを 「おっちゃん」 と呼んでいましてね。 いつもおっちゃん
はお着物でした。 出掛けるときも、そのままで、ソフト帽をかむっていくのです。 
 入歯なんて知らなかった、幼き日の ・・・・。 わたしといもうと。

 「ちちんぷい ちちんぷい」 といって、歯がなくなってしまうのですもの・・・・。

 それが、幼い私と妹には、衝撃であり、その驚く様子がおかしいのか、よくやって
くれて、今になると、可笑しいやら、楽しいやら、・・・・みんな死んじゃっいました・。
  多分 亡き妹と私が、さぞ 大喜びしたのでしょうね。 ・・・・・手品のようで・・・。
 
 そんな不思議なことがあると、学校で自慢していたのですもの。{歯が消えちゃう・・・}

 大きな愛に包まれていたのしょうね。 そのときは当たり前の日々。
 たしかに。・・・

  「受けた愛情はずっと生きる。 ずっとつながる」  ・・・・そのとおりですね。

     愛

   なんにだって愛はある
   人が生きるのには
   なにより愛が大切

   でも愛があるというに
   なかなか 気ずかない
   愛など 貰っていない と

   愛とは かたちもない
   愛とは 見えないんだもん
   その愛に気ずいていればなぁ 
   
   愛を感じて 愛に喜び
   愛に包まれて 愛で包めたら
   あふれる愛のなかにいるんだって

   しっかり気ずけたら 言葉は温かくなる
   誰もが愛に気ずけたら 愛ある態度になる
   愛し 愛されてることに 気ずきたいもの

ーーーーーーーー前回の続きですーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  2014・5    人間学を学ぶ月刊誌

 至知   至知随想

  ---続きーー
 
 いつか幸せな家庭を築きたいと願うようになったのは、こうした境遇に
身をおいていたからでしょう。 それは中学卒業直後の結婚、そして出産
というかたちで早々と訪れましたが、残念ながらうまくいきませんでした。
 十六歳の母親に対する周囲の厳しい目、バブル経済に踊らされた夫の
目にあまる行状、そして、孤独な子育てが私を追い詰めていったのです。
 もしこの時、献身的に支えてくれたある女性の存在がなかったら、いまの
私はなかったでしょうう。 後に子ども二人を抱えた私を受け入れてくれた
現在の夫が現われたことで、三十代にして私はようやく自分の居場所を得
ることができたのです。
 鬼画を描くようになったのは、遡ること九年前、友人のリクエストでつくった
カレンダーがきっかけでした。 評判も上々だったことから、ならば本格的に
つくろうと何日も考えた末に、鬼をモチーフに言葉を添えるスタイルを思いつ
いたのです。
 鬼という怖いイメージがありますが、誰もが持つ心の弱さ、狡さや醜さを浮
かび上がらせるには一番適していると、感じたのが発端です。 過去に大学
ノートに吐き出していた様々な感情と向き合いながら、

 「自分に負けんなよ」
 「あなたがいてくれる」

 など、喜怒哀楽の渦中にいた自分によりそうように、励ましや慰めの言葉を
綴りました。 そして愛嬌たっぷりの鬼たちに、体を張って掴んできた言葉を託
したのです。

 鬼画カレンダーは予想を超える反響を呼び、個展開催や講演にも声がかか
るようになりました。 そして或るテレビ番組の企画で訪れることになったかって
の児童養護施設。 そこにひさしぶりに訪れる私のために、置き去りにされてい
た母子手帳が用意されていたのです。
 三十八歳にして始めて手にする手帳には、案の定生まれた日や身長、体重な
どなに一つ書いてありませんでした。 ところうが次のページを開くと、

 「おっぱい良好でした」

 の一文が目に飛び込んできました、
 「そうか、自分はちゃんと愛されとったんじゃ」。
 私はたとえ一時であっても、母の胸に抱かれていた。----自分の子ども
を育てた経験と母に抱かれる自分の姿が重なると、心のしこりが嘘のように消え
ていきました。 もう嘆くことは何もなくなったのです。 そしてこの機を境に、鬼た
ちは自分でも気ずかないうちにあかるく朗らかになっていきました。

 「受けた愛情はずっと生きる。 ずっとつながる」 後に鬼画に託したこの言葉に
は、愛情という目には見えないものへの念と、あなたもまた誰かに 愛されてい
ることを感じて欲しいという思いがこめられています。
                                    しのぶ=鬼画作家

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 愚か者は、幸福がどこか遠いところにあると思いこんでい
 る。 利口者は幸福を足もとで育てている。
                        ジェームズ・オッペンハイム

   短歌

     怖い事件ニュースを見ては憂うのです生まれ喜んだ家族の愛を
     愛情をいっぱい感じ感謝す子からの愛や孫からの愛

  俳句

     梅雨入りのニュース始まりひとひゆ過ぐ
     外出もせずも五月の心地よさ

  川柳

     愛情を気ずけば幸はあふれくる
     眠り起きアツという間に老いていた
     
スポンサーサイト

左サイドMenu

プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

ランキング

ブログ村のランキングに参加しています。応援してくれたら元気が出ます!
にほんブログ村 ポエムブログ 自作詩・自作ポエムへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

flag counter

Flag Counter

最新記事

最新トラックバック

音楽