おばあちゃんのひとりごと

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「なにが生まれつきなものか。自分がそのようにしこんだのです」

 忘却の早さと、何ごとも重大視しない情感の浅さ
 こそ、人間の最初の老いの兆しだ。
                       三島由紀夫

 なんか、なるほどな? と思える箴言です。
本当になんでもが、重大だと思うこともなくなり、何でもを忘れて
面倒になり、情も薄れゆくし、気をつけないとね。 しっかりしたい
ものですが・・・・・。
 
 今朝も晴れています。 いい天気です。さあて・・・・・・。 うっふふ。
 お風呂の焚きかたなんてね。知らないでしょ。 でもこのような話
も、一度はいいかもです。 私はそのお風呂焚きは、若いころ毎日
のことで、薪割りもしていたのですもの。 もう バッチリです。
 なんせ、かまどでごはんを炊く、それから、すぐ、石油コンロとなり、
そして、プロパンガスとなり、深夜電力もできました。その間の便利
になっていく早さは、とても早かったような気がしますが・・・忘れて
しまいました。 ありがたい世の中になりました。
 今の便利な世では、信じられないむかしですよね。 でも、それもこ
れも、とても私自身にはいい経験だったと思えます。
 
 どんな経験、体験も必要だからなんだなぁってね。 すべてに、考
えられるのです。 過去は過去でいいものですし、今は現在(いま) 
で、とてもいいもの、幸せです。 うっふふ ふふ。 幸せ。
 老いを、楽しみ幸せに日々を過ごすがいいのです。 だって、いっ
ぱいの幸せがあるのですもの・・・。
 不平不満ほどつまらないことは、ないのですもの。

  誰か過去をほめず現在を罵らない老人を見たことがあるか。
  彼らはみな自分の悲惨と悲哀とを、世の中のせい、人々の
  考え方のせいにしている。
                               モンテーニュ


          大事なこと

        笑っていれば
        なんとなく 嬉しい気持ちになるものです

        だから 笑っていて
        自然に いいことしか思わなくなるものです

        まわりも みんな 笑顔になるものよ
        今日からは 笑っていてね

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 子育てのこころ                        盛永宗興 著より

真実を教えるのが親の義務
 よくおぼえておいてもらいたいのですが、どんな小さな子どもにでも真実を教
えることが親の義務なのです。 事実とちがうことをいってきかせることは、い
いことではありません。 何でもかんでも子どもをかばって、子どもを少しでも楽
にしてやるのが、甲斐性のある親だと思っているむきが多いけれども、そうでは
なくて、子どもに本当のことを教え、正しい因果関係を知らせ、強い生命力を養
い、持続力を与えることが、親の義務なのです。

 ところうが、「うちの子どもは持続力がありません。集中力がありません。 幼
稚園に行ったら、あなたのところの子どもさんは、五分としてじっと話を聞いてい
られない。 どういうことですか、といわれるました」 といって、相談に来ます。
 そして 「生まれつきでしょうか」 という。 何が生まれつきなものか、自分がそ
のようにしこんだのです。
 
 たとえば、子どもができることになりましたと私のところへ挨拶にくるおやたちに
私はやかましくいうのです。 「オモチャを買って与えてはいかん」 と。 これは、
おじいちゃんおばあちゃんたちも悪いのです。初孫ができたから、2DKの部屋に
寝ている場所がないほど、オモチャを買ってやる。 子どもはまだ白紙の状態で
あるときに、高いオモチャがいいオモチャ、上等だとは思いません。

 子どもは何でもオモチャにする能力があるのです。 持って生まれた力がある
のです。 ですから、けがをしないようなもので、なるべく単純なもの、たとえばこ
けしみたいなものだとか、あるいは角の立ってない木の切れっぱしとか、そういう
もので遊ぶことができるのです。ネジのついた木っ端などにありませんから、子ど
もは考えて、これを縦にしてみたり、転がしてみたり、自分で考えなくてはなりま
せん。 そうやって子どもの能力は開発されていくのです。

 ところうがテレビにしても、あるいはゼンマイじかけのものにしても、隠居さんみ
たいにただじっと見ていれば、むこうが勝手に動いてくれる。 ですから、子ども
の能力が出てこないのです。 しかも、そのオモチャがひとつだけではない。    
 三つも四つもそういうものを与える。 そうすると、ひとつのオモチャと遊んでも、す
ぐ飽きて、またちがうのでやってみる。 ひとつとして、集中して遊ぶということができ
ない。 これは子どもの罪ではありません。 寄ってたかってたくさんのオモチャを買
い与えた親の罪なのです。

 ところうが、ほかに何もない、木の切れっぱしひとつしかない。 だから飽きたらくる
んとひっくりかえって寝る。 眼が覚めれば、またその切れっぱしを縦にしたり、横に
してみたり、転がして追っかけてみたりしながら、一時間でも二時間でも遊ぶという
子どもは、どういう子どもになるかといえば集中力が出てくるだけでなく、考える力、
自分でものを作りだしていく力が、できるわけです。

 こういう子どもは、私の寺にやってきて、たとえば風呂を焚けとといえば、ちゃんと
風呂場の掃除からやります。 反対に、どんなにいい学校に通っていても、むこう
から勝手に遊んでもらって、自分がただ眺めるようにして知識をおぼえている子ども
は、風呂焚きをいわれたら、いきなり火をつけるのです。 私の寺では、空風呂をニ
回も焚かれて、風呂場をニ回建てなおしました。
 
 ですから、子どもたちには、できるだけ自分で工夫して遊ばなければならないよう
な単純なオモチャを、ひとつだけ与えるというふうにしてもらいたいのです。

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  短歌

    計算もさっさと出来ず疎くなり我笑え恥ずかしくなりおかしかりけり
    老いていく動作も脳も鈍くなりあたりまえどとしみじみ思う

  俳句

    半月や手を合わせあーあまた夏が
    老いを知る梅雨を待ちつつ過去にゆく

  川柳

    ドラマ見て夢中が嬉しすべて消え
    ドラマの恋来世はあんな恋しよう
    
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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