おばあちゃんのひとりごと

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貧乏でも、貧乏が苦にならない。病気でも病気が苦にならない。病気を恐れない。

「あの人の病気を治してください。あの人が貧乏で困っていますから
お金持ちにしてください」 という願いは、仏さまは聞かれません。
 そうではなく
 「どうぞ貧乏でも、貧乏が苦にならないで、努力できるようにまもって
あげてください。 病気でも病気が苦にならない、病気を恐れない、
病気で愚痴にならない、病気のなかでも心が安らかに頑張れるよう
に、どうか、あの人をまもってあげてください・・・・・」
 こう祈っていくのが仏教の祈りです。
                   「子育てのこころ」 盛永宗興 著

 そうですよね。 わたしも老いて やっと、少しずつ感じるのです。
仏さまは いつも大きなる偉大なる力でまもっていてくださると・・・・。
毎日を、有り難く思い手を合わせてすごしていたい。 そう思うのです。

       南無阿弥陀仏

    南無阿弥陀仏と手を合わせ
    この広い宇宙に ご先祖様に
    太陽に 月に 星に 拝むのです

    樹にも 花にも あらゆる自然にも
    南無阿弥陀仏 と拝むのです
    ご先祖様が なされてこられたように

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子育てのこころ          盛永宗興 著より

 大いなるものに抱かれて
 前の妙心寺の管長でありました山田無文老師が、若いころ、ひどい
肺病を病まれて、親の家で養生をされたことがあるそうです。 兄弟で
もそばによりつけないようになって、離れへかよってきてくれるのはお
母さんだけ。 そういう状態で、まだお坊さんになられてそう間がなか
ったころですから、自分でもなかばもうだめだと思い込んでいたのでし
ょう。
 当時、肺病というのは、いちばん人にいやがられタ病気です。 離れ
のそばに立っている塀の外を、小学校の子どもが行き帰りに、
 「ここは肺病やみがいるから、早くとおらないとうつるぞ」
 と、言って、パーっと走ってとおるのがのが聞こえるというような状況
であったようです。
 もう生きる希望も失ったような気持ちで、暑い夏がすんで飽き口のころ
縁側に出て、朝、見るともなしに南天を見ながら、吹いてくる涼しい風に
吹かれていたとき、ふと、

 ”ああ、みんなから見離されてしまったように思っていたけれども、私に
はまだこういうすばらしい風があったじゃあないか”

 と思われたのだそうです。 そしてそのときにつくられた歌が、

         大いなるものにいだかれあることを
               今朝ふく風の涼しさに知る

 というすばらしい歌です。 いまお里のほうで歌碑にもなっているようで
あります。
 わたしたちはそういうおおきなものに包まれているわけでで、自分のち
っぽけなはからいで生きているのではなかったのです。 自分でもうだめ
だと思い込むなどということは、僭越なことであって、この大きく包みこん
でくださっているものにおまかせすればいいのだという、そういう最初の、
宗教的体験を通られたあと、うす紙をはぐように胸の病もよくなられて、天
才的な立派な宗教者がひとり生まれたわけです。

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 そうですよね。 なんでもを受けとめたい。 そして あかるい日々にし
たいものです。 心をどこに置くかによって、天と地になるのですものね。

 短歌

    ご先祖さま素直に感謝でき幸良き日々すごし老いも楽しい

 俳句

    あじさいは雨が嬉しげ空に向く

 川柳

   猫に服はないけれど犬は服着てる
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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