おばあちゃんのひとりごと

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死中・活有り、苦中・楽有り。忙中・閑有り、壺中・天有り、意中・人あり、腹中・書有り・・・・

 人間が人間として、生きるときの時は、いつでもいま、
 明日でも明後日でもない、今日ただいまのいま。
                          相田みつを

 「いまでしょ」 という言葉が流行語になったときがありましたが、いい言葉。
いまを大事にこの老いていく日々を、思うのです。 若いころ、その若さの時
その若さの良かった ”いま” に気ずけずにいました。 そしていまがいいと
いうことを、もっと過ぎたときに思うのやら・・・・いまを大事にしたいものです。  
 久しぶりに 昔 住んでいたところの、友人から電話が入り、ゆっくり話しま
した。 来週こちらにこられるとのことで、会う約束もでき、楽しみができ、嬉し
いなぁ。

    いまを生きる

   いまがどれほど
   幸せであるかを
   気ずけたら
   当然ののなかにある幸せに

   いま なんにもない
   それが 当然である いま
   なにかがあったら
   なんにもないことの幸せ 

   その幸せに いま
   気ずけることの素晴らしさ
   きずける人でありたい
   それが いちばんの幸せ

   いまをよろこび
   いまをたのしみ
   いまを生きる
   いまが いまが ありがたい
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帝王学ノート
                              伊藤肇著より
追いつめられるといのちを吐く
 「もともと生きた悟りや心に閃く真実の知恵、あるいは力強い行動力
は、決して、だらだらした長ったらしい概念や論理から得られるもので
はない。 それは体験と精神とが凝結している片言隻句によって悟る
のであり、また、その原理原則を把握することによって実践するのだ。
したがって、語録とか、箴言というものは、経験を積めば積むほど、教
養が深くなればなるほど、身につまされるてわかってくる 「 おとなの
学問 」なのだ」 とは前にも紹介した安岡正篤先生の言葉だが、ひき
つずいて 「新編・百朝集」 を書きたい。

    死中・活有り
    苦中・楽有り
    忙中・閑有り
    壺中・天有り
    意中・人あり
    腹中・書有り
             (安岡正篤)
 
 死中有活・苦中有楽・忙中有閑については説明の要はあるまい。 
 「壺中有天」 は漢書方術伝、 「費長房」 の故事からでたもので、俗生活外
の別天地を持つこと。 人物が大ものか、小ものかは器量によってきまり、器量
は余裕から生まれる。 人間も理くつや打算、功利の一点ばりになってくると、
どうしてもこせこせして、ぎこちなくなってくる。 逆説的にいえば、人間の器量が
大きければ大きいほど、ヘンな小理くつや吝な打算がぬけて、余裕綽々となる。
その余裕を養うのが 「壺中の天」 である。
 ーーー省略ーーー

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 なんとなしに、分かるかと思いますので・・・・。省略しました。
 私は好きでしてね。 色んなことのあった若い頃は、この言葉を考えて当てはめて
生きかえった気持ちになったものです。

  短歌

      久しぶり友からの電話懐かしくそれこそ花が咲くごとく話す

  俳句

     予報どおり梅雨の雨降る急ぎかえる

  川柳

     不平不満言わず生きると友は言う
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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