おばあちゃんのひとりごと

Entries

自分の力で親の愛を獲得しようと一生懸命勉学に励んだんでしょう。 小松帯刀の育ち

 父のいましめはみなわが身の幸
                    一茶

 子を知るは賢明なる父なり
                シェークスピァ

 今日は七夕ですね。 夕方 外に出たら晴れてきましたが・・・・・・??
 ニュースを見ていると、なんて悲しいことが多いのでしょうね。
 名古屋市の長寿の方が112歳だそうです。 お元気でしっかりして
おられ素晴らしいですね。 穏やかないい笑顔をしておられました。
 いい人生を歩いてこられたのでしょう。 お幸せそうですもの。
 82歳の友人が今日 電話下さってね。 暫く話しましたが、私が一人
なので、可哀そうに思えるらしく 「さびしいでしょう・・・・」 つて、優しい
心の友です。 「大丈夫よ。 もうすっかり慣れて、ひとりが幸せなのよ」
どんな生活も、心をどこに置くかなんですもの。 ありがたい。しあわせ。
いつも すべてに感謝していると、すべてが幸せなんです。 電話がくれ
ば、それも幸せ。 明日は昔住んでいたところの友人と会える。それも
幸せ。 ありがたいんですもの。 寂しくもないし、ありがたいだけ。
     
     パパ ママ お父さん お母さん 知ってる

       あかちゃんって お宙から見てて
       パパとママを選んで生まれてくる
       って 本だったかな 聞いたんだったかな
       
       ありがとう ありがたい ありがとう
       そう思うのです そして 申し訳ないの
       親が未熟で 「ごめんなさい」
    
       老いて知ったんですもの
       なんにも知らずに 生きてきちゃいました
       若いママ パパ お父さん お母さん 知ってる

       ありがたい ありがたい 
       選んで 生まれてきてくれて
       ありがとうよね
-----------------------------------------------------------------
 龍馬を超えた男
       小松帯刀                原口泉 著より

   ---省略ーーー
この文章を見る限り、名家の育ちながら、やや屈折した幼少期を送った
ように思えます。 乳母の性質が短慮で人望がなく、その乳母に育てら
れた尚五朗(小松帯刀の幼名)までが父母から嫌われ、兄・要之介が
寵愛されたのに比べて、外から見ても気の毒なくらい親の愛薄く育った
というのですy。

 しかし、この親の愛の薄さは、かえって本人のために幸せだったと、こ
の文章は語っています。 おそらく、幼い尚五郎はこの逆境にくじけず、
自分の力で親の愛を獲得しようと一生懸命勉学には励んだでしょう。

 十二、十三歳のころには、才智にも長じ、父母への孝養を尽くして、
ついに両親の愛を得るようになったといいます。
 明治26年に書かれた彌寝直治著 「小松公之記事」 にも、帯刀の
人となりについて次のような記述が見られます。

 尚五郎は、帯刀の幼名、彼れは肝付家の三子、彼れは小松の姓を
冒したるもの、之を父老に聞く、彼れは容貌秀偉身軀肥満にして、頗る
闊達の風ありと雖(いえど)も、一見彼は商家の如く、甚だ近つき易し、
一たひ彼れと語を交へしものは、終身忘るる能(あた)はさりしと、

 この一文からも、帯刀の人柄が浮かびあがってきます。 武家の御曹
司であるにもかかわらず、商人のように近ずきやすく、彼と一度でも言葉
を交わした人は一生忘れないくらい強い印象を残したというのです。
――ー省略ーーー
 また、帯刀は外国人外交官にも鮮烈な印象を残しました。
 たとえば維新当時のイギリス外交官、アーネスト・サトウの著書
 「一外交官の見た明治維新」 
 の中で、帯刀はこのように評されています。

 小松は、私が知っている日本人の中で、一番魅力のある人物で、家老
の家柄だが、そういう階級の人間に似合わず、政治的才能があり、態度に
すぐれ、それに友情が厚く、その点で人々に傑出していた。
 また、薩長同盟の翌年に大阪で開かれたアーネスト・サトウの昼食会で
の帯刀については、次のように書いています。

 彼は、脂肪の多い肝のパテや、薄い色のビールを美味しそうに、ぱくつ
き、飲み干し、しまいには、あまりに上きげんになりすぎたので、この宿舎
には徳川の家臣も大勢いることとて、うっかり秘密を漏らしはせぬかと、は
らはらした。

 さらに、幕末の日英外交史の英国側の記録である 「バークス伝」 の
中では、、「小松帯刀は非常に知恵があり、応対のみごとな人であった」 
と評しており、佐賀藩士として大政奉還を志した大隈重信は、
 
「容貌、風采ともに立派で、気品があり、薩摩人には珍しい雄弁家で、寛
仁大度の人だった」  と評されています。
 
 名門に生まれながら、幼少体験から苦労人のところもあり、人の気持ち
がよくわかるこの気質があってこそ、さまざまな考え方や勢力が渦巻く薩
摩藩を、大きくまとめあげることができたに違いありません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 こういう人もおられ、幼いころの環境がどうであれ、やはり本人の努力が
とても大切なことが、身にしみてきます。 いいものです。

 短歌

    人は皆愛されることを求めつつ日々過ごすでも愛するがいい

 俳句

    部屋干しだそれでも洗濯夏だもん

 川柳

    112歳とは信じられないお年です
スポンサーサイト

左サイドMenu

プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

ランキング

ブログ村のランキングに参加しています。応援してくれたら元気が出ます!
にほんブログ村 ポエムブログ 自作詩・自作ポエムへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

flag counter

Flag Counter

最新記事

最新トラックバック

音楽