おばあちゃんのひとりごと

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「昨日の敵は今日の味方」 小松帯刀の外交手腕の成果

  精神のいちばん美しい特権の一つは、老いて尊敬され
  ることである。
                          スタンダール
 
 本当よね。老いていくごとに尊敬される人になりたいし、そうありたいね。
 今日は、地下鉄まで迎えに行きましたら、友人は 「階段が登れていいね。元気にな
って良かったわ。今年になり、2回目ね」 と言う。 そうなんだ。 「私 忘れちゃったわ」
 二人で街を歩き、ショッピングに付き合い、ランチ、コーヒーと、いいひととき。 
 毎日をとても忙しく 活躍されてる方なので、たまに会えると積もる話しができていいも
のです。 3時間ほどして帰って行かれました。 ポストに中国の友人からの手紙があり
嬉しくなりました。 この間合えたのですが、もう今頃は中国に行かれたと思う。 次はお
正月ごろに帰国されるかしら・・・? そう考えて、手紙を書こうかなぁ・・・と思う私。
 今日もありがたい一日がすぎゆきます。 ありがたい。 ありがたい。
     
     なぜ なぜ

     なぜ  どうしてかな
     なぜと 考える 

     なぜ なんだろう
     どうして なんだろう

     なぜなぜ どうなってるのかなぁ
     どうにもならない ねぇ

     なぜ なぜ  なぜ なぜ
     なぜ と思うことが多すぎると思うのよ 
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龍馬を超えた男
     小松帯刀                      原口泉 著より

 帯刀と薩英戦争の波紋
 家老就任とともに数々の重要政務を一手に任された帯刀は、それぞれの
掛に最適な人間を登用し、発言・指令が出せるように体制を整えます。

 「薩摩の小松か、小松の薩摩か」 と、敏腕ぶりを伝えられた帯刀は、決断
力に富み、温厚な人柄でいつでもその邸宅に人々が相談に訪れていたよう
です。
 そして家老就任の翌年、1863年正月、京都へ出張していた帯刀のもとに、
生麦事件の談判のためにイギリス艦隊が薩摩へ押しかけようとしているとの
一報が江戸から伝えられます。 御軍役掛でもある帯刀は、大久保をともない
急いで帰国しました。
 なるべくなら、戦争を起こさず、談判で決着をつけたいと考えた帯刀は、藩の
軍奉行を旗鑑に派遣しますが、そこでイギリス側は、生麦事件の下手人を死
刑にすること、さらに遺族への慰謝料として、賠償金二万五千ポンドの支払い
を要求したのでした。
 軍奉行は、大名行列の先頭を横切る者は斬り捨てることは国の慣習である
ため受け入れることが」できないと、この要求を突っぱね、交渉は決裂します。
 イギリス東洋艦隊七艦は、交渉に応じない薩摩藩に業を煮やして蒸気船三
艦を拿捕します。 相手を交渉のテーブルにつけるために、相手の大事なもの
を確保することは国際公法上許されていることでした。 ところうがそのルール
に明るくなかった薩摩側は、これを戦闘行為とみなし、ここに薩英戦争が勃発し
たのです。

 この戦いにより、イギリス側で六十三名、薩摩側では二十一名の死傷者が出
ました。 鹿児島城下は焼かれ、磯にあった集成館も焼失してしまいます。
 結局、この戦争に明快な勝敗はつきませんでした。 イギリスの艦隊は上陸す
ることもできず、ただ多くの死傷者を出して退去、薩英戦争はあいまいな形で幕
を閉じました。

 しかし諸国には、薩摩の大勝利ということで伝わりました。 いくら七十七万石
の大藩といえども、たった一つの藩が、世界のイギリスを相手に五角に戦い、そ
ればかりか陸に寄せ付けずに追い払ってしまった、というわけです。

 この誇張気味の伝聞は、薩摩の実力を広く認めさせることになり、その後の尊
王倒幕の運動に多大な影響を与えていきました。 しかし、この時点での薩摩の
反応は、諸国のイギリスと実戦を交えたことによって、薩摩は、外国の武器、科学
技術の高さを、身をもって知りました。 そして、国内で叫ばれている攘夷論が、い
かに単純で無謀な論であるかと、考えさせられることになったのです。

 そのため、帯刀は大久保を通じて遺族扶助料を正式にイギリスの領事に支払っ
て講和を成立させると、その後、イギリスと親交を結んで相手国の最新科学技術
を導入したり、留学生を送ったりと、敵国として激戦を交じえたばかりとは思えない
外交を行っています。
 
 「昨日の敵は今日の味方」 ともいうべきこれらの政策もまた、帯刀の優れた外
交手腕の成果でした。

 とはいえ、生麦事件に端を発した薩英戦争は、薩摩藩に大きな打撃を与えまし
た。 このとき助けてくれたのが、かって帯刀が窮地を救った人吉藩でした。

 人吉藩の犬童家老は、今こそ前年に受けた恩を返すべきと、薩摩から借りた、
五千両の返済分として米を送ります。 まさに 「情けは人のためならず」 のと
おりになったわけです。

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 短歌

    旧友の老いても美人昔から魅力あふれよき人なり

 俳句

    スーパーで知人に手を振り別れきゅうり買う

 川柳

   ニュース怖し慌てて切るチャンネル
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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