おばあちゃんのひとりごと

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こういう優秀な人がどうして鈍才でありましょうか。

思いどおりにならぬからといってくよくよするな。
思いどおりになったからといっていい気になるな。
今の幸せがいつまでも続くと思うな。
最初の困難にくじけて逃げ腰になるな。
                      采根譚より

 くじけず、おごらず つねに謙虚に毎日を過ごしたいのだが・・・。
 ・・・・・・そう思いつつ・・・・
 そう思いつつも、ときどきには、悪い心がおきてくる。
 わがままなのだ。 こまったもの。 がんばろう。
 忘れよう 忘れていこう。
 今日は、私には目の回る忙しさでした。 慌ててあちこちと
動き回りました。 友だちと約束し、そこへ行くバスの中で、
他の友だちが、「悪いけど、お弁当を買ってきてくれない・・」
困ってるみたいなので、急遽、そちらを優先して、買って届け
て、もう一人の友人には「ごめんね」、お詫びをし・・・。
 忙しいこんな日も、有り難く思い 有り難い。幸せ。
 
   忘れよう 忘れるがいい

      なんでもを
      忘れることにしてる
      いいことだって 
      よくないことだって すべて

      みんな忘れる そして
      新しい気持ちになる
      毎日を新しくする
      そうやって 老いを 生きていく
      
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 人間・出会いの研究
            小島直記 著より

 鈍才と秀才
 世の中には、子どもの頃には神童といわれ、やがて秀才と
いわれる優秀な人がいます。 反面、そのような鋭鋒が一向
に現れない人もいて、こういう場合、鈍才という言い方があり
ます。
 ところうで、神童・秀才といわれながら、「二十過ぎればただ
の人」 という言葉を実証するような人がいます。 反面、鈍才
と見られても開花して、すばらしい人物に成長することがあり
ます。

 神童・秀才の実例としては、イギリスの経済学者ジョン・ス
チュアート・ミルのことがまず浮かぶのです。 彼の「自伝」に
よれば、三歳でギリシャ語を習いはじめます。父親は、ギリシ
ャ語に英語で意味をつけた表をカードに書いてやったそうです。
三歳の坊やは、この単語集を一通り終えると、ただちに訳読
に進んで 「イソップ物語」 を読んだというのですから驚きで
す。 しかもさらに、八歳になるとラテン語をはじめたというの
ですから、まさに神童というべきでしょう。 そしてこのひとは
秀才となり、のちには世界的な経済学者となりました。

 鈍才の例としては小野梓が浮かびます。 その伝記によると
「七、八歳になっても学業が進まず、「唐詩選」 の中の 「中原
還逐鹿」 という一遍を覚えるのに三カ月を要し、「大学」 一巻
の素続に二カ年を要した」 とあります。
 ---省略ーーー
 今日のように、マンガにうつつを抜かすボンクラ大学生の多い
時代なら、たとえば何十年かかっても、この詩を暗誦することは
できますまい。 しかし、小野梓の幼・少年時代である幕末期は
武士階級においては漢学は必須の教養・学問であり、七,八歳
でこの詩をおぼえることのできない子どもは、決して優秀ではな
かったといえるでしょう。 ましてや、 「素続」 という」のは、意味
もわからず、ただ教師のいう通りにオウムのように言葉をまねて
本の文字をたどるだけですから、「大学」 というような薄っぺらな
本の素読に二カ年を要するなど、よほどボンヤリした子どもだった
らしい。 とにかく三歳でギリシャ語、八歳でラテン語を学んだミルの
ような神童・秀才とはほど遠い人物と思われます。
 しかし、だからといって小野梓が鈍才といえたかどうか、たしかに
彼の勉強はのろかったが、彼は自分の頭で考えてゆきました。 
 教師の話をそのままうのみにしない。 そのため進み具合はおそ
かったが、通っていった跡は自分の思考で踏み固めてあったのです。

 1869年 「自ら士格を脱して平人の籍につく」。

 「今どき平人でさえ士格になりたがるのに、おまえはわざわざ帯刀
を捨てて平人になる。 まったく心得ちがいだ」

 といましめられたが、変えなかった。 彼の頭の中には、古くさい
封建序列に頼る考えなど消え失せて、世界的思想ともいうべき自由
闊達な考えが芽生えていました。

 十八歳、「救民論」を書く。その中で 「宇内合衆政府の創設」とい
うことをいっています。今日という 「世界連邦」、トインビーの基本的
思想に近い考え方です。 同時代の学者、思想家など、及びもつか
ぬすばらしいひらめきでした。

 やがて壮年時代、大隈重信を助けて早稲田大学の基礎を築きあ
げます。 また 「国憲汎論」  という独創的な憲法学の著述もしま
した。

 こういう優秀な人がどうして鈍才でありましょうか。

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 そうですよね。 結局は鈍才なんてないのでしょうね。 努力と継続と
いうか、何でもをしっかりと理解できるまで努力し、継続をすることが秀才
になることなのでしょうかねぇ。 私は努力も、考えることもなく継続するこ
ともなかったなぁとしみじみと、おもうのです。 

 短歌

     忙しいいつも暇なる我なれど忙しいなど嬉しい悲鳴

 俳句

     横綱が負けて座布団飛ぶ夏だ

 川柳

     気をつけよう熱中症も紫外線も         
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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