おばあちゃんのひとりごと

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「ママは人間の生き方として博士号をもらったんだ、博士号の中でも最高の博士号だよ」

音楽のあるところ、そこには悪は存在する能わず。
                      セル・ワンデス

 音がある生活が好きです。 いつも、かけているのですが、最近は
童謡を聞いててね。 嫌なことがあったりしても、魅き込まれてて忘れ
ていいものです。 音楽は心を和ませてくれますし、なんか 心に元
気がでてきます。 笑えてくるのです。 童謡っていいいものです。
 いっしょに口ずさむのです。 幼いころの心になってる。 幼稚なの。

 今日は友人が、二人夜に泊りがけで遊びに来てくれます。 
 心の通じるいい友人です。 
 久しぶりに会え、楽しみ 楽しみ。だから、いま、ブログ早めに書きま
したのよ。

      ふりかえりつつもいいかぁ

         なんでも かんでもを
         楽しんじゃおう それがいい
         自分がいいのだから
         自分がいいと思って
         やってきたことなんだから

         あーあ りっぱには
         生きられない人生だったが
         まあいいか 
         まあそれでいい まあそれがいい
         もう 考えない  
         
         やすもう やすもう
         それがいい それでいい
         深く考えて また 考えすぎずに
         いいとおもう
         いいとしていこうかなあ 
         
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 人間学を学ぶ月刊誌
 「到知」 2010・8
  我が体験記{原爆もまた神の摂理だった}       笹森恵子
 真の平和へ向けて歩み続ける
 1945年8月6日。その日、広島の女学校へ通っていた13歳の笹森
恵子さんは被爆した。 全身大やけどを負いながら奇蹟的に助かった
笹森さんは、何かに導かれるように アメリカにわたり,、自立の道を歩
んできた。 その壮絶な体験と、そこから湧きあがる平和への想いをお
話しいただいた。
 --すべては神の摂理だったーー
 2009年、私はミネソタ州立大学のウィノナ洲立大学の卒業式に参加
しました。 来賓として、そあいて、博士号を授与される者として、満場の
拍手で迎え入れられ、私は深い感動で全身が震えていました。
 前年、私は請われてこの大学に来ています。13歳の夏の日、広島で
原爆の被害に遭った私の実体験とその後の半生を話してほしいというご
依頼でした。熱心に聞き入る学生たちに感激し、終了後、校長室に招か
れてからも思いのほか長時間過ごしてしまいました。
 自分は女学校の途中で被爆したため、一度も学校を卒業したことがな
いこと、そあいてこの大学はとても雰囲気がよく、もしも、人生をやり直し
て大学に行くということがあれば、この大学に期待ということ。そんな取
り留めのない話をしていました。
 帰り際、校長は卒業生にだけに渡されるピンを用意して下さり、私につ
けてくれました。 その優しい心遣いにさらに感動して、ロサンゼルスの
自宅に帰ってきたのでした。
 翌年、その大学から突然連絡が入りました。 今年の卒業式の来賓とし
てメインスピーチをしてくれ、というのです。 一度は辞退したものの、

 「あなたの話を聞いた学生が卒業するのですから」

 と説得され、お引き受けすることにしました。
 そして、一ヵ月・・・・。
 正式に依頼状が届き、開いて私は驚きのあまり一瞬頭の中が真っ白に
なりました。 そこには、メインスピーチを引き受けたことに対する感謝とと
もに、こんなことがつけ加えてあったのです。
 
 「あなたにヒューマニティ分野の名誉の名誉博士号を授与します」

 名誉博士号? 何かの勘違いかもしれない。 急いで息子にFAXすると
すぐに息子から電話がかかってきました。

 「ママに博士号をくれるということだよ!」

 「どうして? 私は勉強も何もしていないのに」

 なおも信じられない私に、息子は涙声でこう言ってくれました。

 「これは普通の博士号と違うんだよ。 普通はある分野の勉強に対して、
博士号をくれるけれども、ママは人間の生き方として博士号をもらったん
だ。 博士号の中でも最高の博士号だよ」

 授与式当日、抑えきれない感謝と感動で震えながら皆の前に立ちなが
ら、私は自らの半生を振り返りました。
 思えば普通の人にはできない体験をたくさんさせていただきました。
 それは単に 「運がいい」 とか 「ラッキー」 という言葉では言い尽くせ
ない、何か深く大きな力が働いていたのではないかとしか思えません。
 
 神の摂理だったーーー。私の78年は、その一言でしか言い表せない道
のりだったように思います。

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 大変な人生を歩いてこられた・・・・・・。
 なんか、せつなくもなり・・・。そのような立派な心で生きてこられ・・・・。
 普通なら、原爆にあい・・・と言いたくなるでしょうに、やはり、最高の博士号
の中でも最高の博士号いただけたかたです。 また続き書きますね。

 短歌

    ついついに不平不満の愚痴もっでて情けなきわれしみじみあーあ

 俳句

   暑いとは言わずにおこうでも暑い

 川柳

   いちまんえんこわせばすぐに消えていく
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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