おばあちゃんのひとりごと

Entries

「親はずっとおまえと一緒にはいてやれない。だから自分の人生は自分で決めなさい」 父の言葉

人間は一生のうち、逢うべき人には、必ず逢える。
しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に・・・・・。
                          森信三

 今日も暑い 暑い一日。 ”みょうおんさん” の月参りで賑やかだ。
しかし、暑さのせいか屋台の数が少なくてさびしいものだわ。 
 今まで描いた色紙を小学校のマドンナに送った。 まぁ下手なんだ
けれど、私の性格。 喜んでくれるだろう・・・・と。 アッハ アッハ。
 のんびりな 笑える性格。 喜んでもらえなくても、自分が好きでやっ
てるから・・・・。

   一瞬の出逢いに

 苦労のなかの 出逢いには
 なんか つい 期待して弾んだり
 ついつい なんか なんかね 
 
 なんにも なんにも ないというに
 そうじゃぁなくて なんにも
 思ってくれなくたっていい

 自分のことだもん 自分のこと
 自分で工夫し 自分で努力
 懸命にせいいっぱい 日々を過ごす

 ただ ただ それだけで きっと
 きっと 知らず識らずに なにかが
 かわってくるもの

 それが一瞬の 出逢いは経験となり
 その一瞬の 出逢いは 自分を成長させてくれ
 何でもないかもだけど 一瞬 光る 一瞬 すべて  

 いい出逢いはいつも そこ かしこに あるもんでしょう
 気がつきたいし 喜び 楽しみ ・・・・人生  
 心から いろいろなる出逢いに 感謝したいもの
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 昨日の続きです。
 人間学を学ぶ月刊誌   「到知」 2010・8
  単身アメリカに渡り、自立の道を歩む        笹森恵子
 
 ほぼ傷が癒えて治療は終わり、帰国する手はずが整った時、私たち
は一人ずつカズンズ氏に呼ばれ 「将来はどうしたいのか」 と聞かれ
ました。 私は看護師なりたいと答えました。 すると 「それならアメリ
カで挑戦してはどうか」 と提案されたのです。
 英語もできない、親類も友だちもいない。 普通なら怯むところかもしれ
ませんが、なぜかその時は恐れも抵抗感も何もありませんでした。 若さ
ゆえの無鉄砲なのか、それとも神のお導きであったのかは分かりません。
「それもいいかもしれない」 と思い、、「一度帰国して、家族に相談して
きます」 といってアメリカを後にしました。
 両親はさすがに驚いた様子でしたが、それでも父は私にこう言いました。

 「親はずっとおまえと一緒にはいてやれない。 だから自分の人生は自
分で決めなさい」

 昭和三十年代半ばといえば、まだ海外旅行すら ままにならなかった
時代です。 若い女性が単身で、しかも原爆の後遺症の残る体でアメリ
カにわたって生きていくなど、ほとんど例がないことであったと思います。

 しかし、私には、「アメリカで道を切りひらこう」 などという気負いはなく、
前に現れたレールにポンと乗るような思いで海を渡ったのでした。
 カズンズ氏の養女としてアメリカに入国した私は、夜間高校に通ったりし
て言葉を覚えながら、病院勤務の看護師として働く生活が始まりました。
 手先に不自由が残る私はベッド・ケア、患者さんの身体を拭いたりベッド
を整えたり、身の回りのお世話が仕事です。 日本でいうところの準看護
師です。 思いを込めて接すると、それだけの喜びが私に返って来ました。
これは私にとって天職でした。

 後に、新生児室の担当にもなりました。 打てば響くと言いますか、赤ち
ゃんはまさにそれです。 それが嬉しくて弾むような気持ちで仕事に取り
組みました。 これが私の方向にもなりました。 五十歳で病院を辞めた
後も、自宅で、ベビー・ナースの依頼が絶えないのです。 裕福な家庭で
はベービー・ナースを雇い、新生児の新米ママに新生児のお世話の仕方
を教えながら、保育の援助にあたります。 ただ面倒をみるだけではなく、
躾まで担うのがベービー・ナースの仕事です。 この仕事が口コミでどんど
ん続き、六十歳頃まで続けました。 最後のほうは子どもたちが大きくなっ
て辞めないでくれと請われ、おばあちゃん代わりとなっていました。

 アメリカで暮らしてどんな苦労をしたか。
 これほど苦手な質問はありません。
 辛いこと、苦しいことも確かにありました。
 離婚もしました。 人種差別を体験することもありました。
 手先は原爆の後遺症で曲ったままです。
 それを、苦労だ、苦労だと思えば思えば苦労になるでしょう。
 しかし、私は自然な気持ちで受けとめました。
 それは神の計らいであり、苦労と思ったことはないのです。
 また、苦労しているといって誰かに助けてほしいと依存しても物事
は好転しない。むしろ、苦しかろうが、その場で明るく懸命に尽くして
いると様々な人が助けの手を差し伸べてくれる。
 そんな気がしてなりません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
     明日も続きます。 

 短歌

    写真には六十年前とかわらない素敵な師写真とどく友の優しさ

 俳句

    何もせずいても汗でる猛暑かな

 川柳

    「暑いね」 と人に会うたびこの言葉
スポンサーサイト

左サイドMenu

プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

ランキング

ブログ村のランキングに参加しています。応援してくれたら元気が出ます!
にほんブログ村 ポエムブログ 自作詩・自作ポエムへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

flag counter

Flag Counter

最新記事

最新トラックバック

音楽