おばあちゃんのひとりごと

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父が93歳で亡くなり、母はすでに80歳でしたけど、いろいろ習い始めました。石井好子さま

七転八倒・・・ つまずいたり ころんだり するほうが 自然なんだな
人間だもの
                      相田みつを

 朝 ブザーが鳴り、慌てて出てみたら、ご近所の奥さん、さぁっと出され
たのが、桃が二個。 下さってね。驚いておられたのよ。 だって!!
 私の目が点になってたらしい。 だってびっくりしちゃったのです。 あま
りにも美味しそうで、食べたいなぁーってここのところ思っていたんです。
 それが二個も目の前に出されたのですもの。 「わぁぁ・・・」 です。
 それが、奥さんにも通じたらしい・・・面白い私です。 嬉しくって、なんか、
もったいなくてね。 でも一個 朝ごはんがわりにいただきました。
 ありがたい。 ありがたい。 幸せな私。 心が嬉しくて温くなっちゃいまし
た。 ホント しあわせよ。

 この「小さな読書」 石井さんを続んでいましてね。 亡き両親が浮かんで
くるのです。 こんなに立派ではないのですが、そうやって、大きくなるまで
にいっぱいの愛情のなかに、躾や習慣を教えられたもんです。 悪いことを
した時などは、父の前に正座し、何にもいわれるわけではなくても、怖くて
ちじみあがり、自分の悪さを反省したもんです。 厳しくて、それでも、愛情
あふれた父だったなあ・・・と、思いだすのです。 自分はわが子らの、親とし
ては決していい母ではなく、ダメな親でした。 私自身は亡き両親に、感謝ば
かりなのですが、我が子らには、謝ることばかりです。 若すぎたといいわけ
を自分にしているのです。 つまずいたり 転んでばかり だったけど、いまは
感謝ばかり、どっちを見ても 子ら夫婦や孫らにも ありがとうありがたい の。


 ちちよ ははよ

 落ち葉を
 ひろったり
 夕焼けの
 美しさにうっとり

 トンボを見つけ
 指を一本だして
 くるくるまわし
 捕まえようとしたり

 ちちよ ははよ
 あの田舎の家での
 温き思い出に
 ふわっと 浸るんです

 そして そおっと
 おとうちゃん
 おかあちゃん って
 小さい声で呼ぶんです

 そうするだけで
 なんだか しあわせ
 ふわって こころが
 あたたかくなってくるんです

 しんじられないでしょ
 いいもんなんです
 いくつになっても 
 ちちに ははに あまえるんです

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日本の貴婦人            稲木紫織 著 {インタビューの形式}

 石井好子
 165センチのスラリとした長身、グラマラスな上半身に、ほっそりと脚
が長い欧米人のようなスタイルの石井さんは、背筋がピシッと伸び、舞
台での華やかさを想像させる。 姿勢がいいのは、府立第六高女(現・
都立三田高校) 時代に、きれいなフオームで歩くことや水泳などをしっ
かり躾けられたからとか、舞台衣装をきれいに着るには56キロがベスト
そのために時にはダイエットもするという。 半世紀シャンソンと共に歩ん
できた石井さんに人生を語っていただいた。

 遊びとか楽しみも自分たちでつくっていたのよ
  ・・省略・・
ーー石井さんはお父さん子だったとか。
石井  そうですね。父は私のこと”お宝お嬢ちゃん”なんて呼んだりして
ましたけど、私が子どものころ、父はまだ政治家じゃなくて朝日新聞の営
業部長をしておりましたから、忙しくてまず家にいないでしょ。 土日はゴ
ルフだし、でも、いつも子どもののことを気にして、いて、私たちには父親
の存在感というものを常に感じさせてくれていましたね。 私たち姉と弟2
人の4人姉弟はみんな、小遣い帳をつけさせられていましたけれど、その
内容にについても知ってましたし、成績のことも知ってましたし、母が私た
ちのことを言いつけるから、みんな知ってました。 でも父に怒鳴られたこ
とは一度もないの、何かすると父の書斎に呼ばれて、どうしてこういうこと
をしたのかということを聞かれるのね。 それで、こういうことは悪いと思わ
ないのか、じゃあこうしたほうがいいんじゃあないかとか。友だちに話すみ
たいにしみじみと話すの。ああ自分が悪かったと思わせてくれる言いかた
大人みたいに扱ってくれたわね。
ーーお母様はーー
石井  これは母のおかげなんですけど、海に行って溺れたりするのは泳
げないからだというので、YMCAに連れて行かれて泳ぎをしっかり習わさ
れたの。 冬になればスキ―につれて行ってくれたり、山や湖の別荘へ行
けば馬やヨットに乗せてくれたり、何でも家族で遊んでいましたね。 みん
なでポーカーしたり、、百人一首したり、昔はテレビもなかったし、今のよう
に交際というものも、今の若い子は野放図に遊んでいるけど、私たちの頃
はやっぱりもっと厳しい家庭環境で育っているから、遊びとか楽しみも自分
でつくっていたのよ。 弟たちなんかも中学生の時からクラシックやシャンソ
ンを聴いていますし、わりといい趣味だったと思うわ。 昔の方が(笑)

ーーお母様の勧めで芸大にいらしたとかーー
 姉はピアノ科、私は声楽科へ進みました。 母は、女性も独立して生きら
れるものを身につけていないと不幸になる。 という考え方でしたので、姉も
私も小さいときからレッスンに通っていたんです。 母は、妻であり母である
だけではもの足りないと思う人でした。 すごく向上心のある人で、父が93
歳で死んだ時、母はすでに80歳でしたけど、それまでやっていた清元に加
えて新内を、習い始めたり、日本文学のクラスに入ってみたりとか、亡くなる
までそういう人でしたね。

――ー続きますーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 短歌

  見いつけたトンボがいたよ街のなか見いつけたって叫びたくなる

 俳句

  台風の風ガ騒いで心まで

 川柳

  免許の更新やめよう老いたから
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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